マーケティング×トレンド戦略ラボ

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資生堂エリクシールの成長戦略に見る「成熟市場の攻略法」

先日、資生堂エリクシールが業績好調という記事を目にしました。

(引用リンク:記事はこちら)。

エイジングケアという成熟市場でありながら、成長と収益性を同時に達成している点に興味を持ち、その背後にどんなマーケティング戦略があるのか調べてみました。特に、「ターゲット層の再定義」と「価格戦略の巧みな調整」が成功要因だと感じ、この記事を書いています。

■ ターゲット層の再定義で新規市場を開拓

エリクシールは、中高年層向けのエイジングケアブランドとして確固たる地位を築いていましたが、近年「早めにケアを始めたい」という20~30代の若年層ニーズに注目。広告やパッケージデザインも若年層に親しみやすいフレッシュな印象に変更し、「予防ケア」を軸に新しい価値を提供することで市場の拡大を図っています。これにより、既存の中高年層の顧客を維持しつつ、新たな顧客層を取り込むことに成功しました。

こうしたターゲット層の広がりは、エイジングケアの定義を「年齢」ではなく「ケアを始めるタイミング」にシフトさせた点で画期的に思います。若年層が持つ「将来のための早期対策」という意識をうまく取り込み、従来とは異なるアプローチで新しい需要を開拓したのです。

■ 体験型マーケティングで消費者の共感を得る

もう一つのポイントは、体験型施策の強化です。消費者が店頭やサンプルを通じて製品の効果を実感できるよう工夫しています。特にオンラインでは「自分に最適な商品が見つかる診断コンテンツ」を用意し、消費者がデジタル上でもリアルな体験を疑似的に味わえる仕組みを構築。これによって商品を「試してみたい」気持ちを喚起し、ブランドへの共感を生み出しています。体験型施策は、特に効果が目に見えにくいスキンケア商品においては重要です。消費者に実際に試してもらうことで、製品の価値を直感的に理解してもらい、購入の決め手を作りやすくしています。

■ 価格設定の調整と販売チャネルの多様化

従来の高価格帯製品に加え、若年層向けに中価格帯の商品ラインを投入。これにより、価格感度が高い層にもアプローチし、幅広い消費者層を取り込んでいます。同時に、オンライン販売を強化することで、どのチャネルからでも同じ価値が得られるよう、統一感のあるブランド体験を提供しています。

また、これまでの「高価格帯=高品質」というイメージを維持するために、エリクシールは製品ごとの明確な差別化を図っています。例えば、中価格帯のラインは若年層のエントリーモデルとしての位置づけを強調し、既存のプレミアム層には高価格帯製品の「ラグジュアリー感」を打ち出しています。

■ 成功の裏に潜む課題

これまで見てきたように、エリクシールはターゲット層を拡大し、体験価値を高めることで成長を実現しましたが、いくつかの課題も考えられます。

  1. ブランドの一貫性維持の難しさ
    若年層と中高年層の両方に向けた商品展開は、一貫性を保つのが難しく、メッセージが分散しやすいです。「誰のためのブランドなのか」が不明瞭になると、結果的に消費者の混乱を招くリスクがあります。ブランドイメージがぼやけないよう、各層に向けた効果的なコミュニケーション施策が課題となる可能性が考えられます。

  2. 価格帯の広がりによるブランド価値の希薄化
    若年層向けに手の届きやすい価格設定を導入したことで、新規獲得には成功していますが、既存顧客にとっては「ブランド価値が薄れてしまった」と感じる危険性もあります。これを防ぐためには、プレミアム層への付加価値提供をさらに強化し、価格帯ごとの「価値の明確化」が重要と考えます。

  3. デジタルとリアルのバランス調整
    デジタル施策の強化は若年層には好評ですが、従来の中高年層顧客には「親しみにくさ」が生じる恐れがあります。デジタル移行が進むと、実店舗でのサポートを求める層が取りこぼされる可能性もあるため、実店舗施策の維持・強化が引き続き必要となるでしょう。

■ 他業界での応用

エリクシールの事例は、成熟市場で新しい成長を生むための示唆に富んでいます。「ターゲット層を再定義し、新しい価値軸を設定する」「体験価値を高め、購買を促す」という手法は、アパレルや食品業界などでも効果的です。特に、新しい顧客層を取り込むと同時に、既存顧客のロイヤリティを維持する戦略は、多くの企業にとって共通の課題といえます。

例えば、アパレル業界では「サステナブル素材を用いたエントリーモデル」を投入し、新規層を取り込みつつ、従来の高価格帯のプレミアムラインを守ることで、幅広い層を満足させる戦略が取れるでしょう。こうしたバランス感覚を持ちながら、各層への適切な価値提供を行うことが、成熟市場での成長を維持するうえで重要です。

 

ブランドの成功は「変わり続ける市場環境にどう適応し、新しい価値を提供できるか」にかかっています。資生堂のように、柔軟かつ戦略的な対応を続けることで、これからも多くのブランドが新たな成長のチャンスを掴むことができるように思います。